

静岡市清水区の三保(みほ)の辺りに行くと、コンクリート造りのこんな倉庫みたいなものを見ることが出来ます。これが何なのかというと、太平洋戦争末期の特攻兵器《震洋(しんよう)》の基地というか保管庫だったものなんですね。ちなみに震洋とはこんな兵器でした。
http://震洋 - Wikipedia https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%87%E6%B4%8B


簡単にいうとベニヤ板で作った安作りのボートに爆薬を載せ、人が操作をして敵艦に突っ込むという、話を聞くだけで頭がクラクラするようなバカバカしい特攻兵器です。
当時の日本海軍はマリアナ沖海戦でボロ負けをし、もはやその後の戦闘なんて出来る状態ではないのに、それからもダラダラと戦争を続け、結果的に東京大空襲、広島・長崎の原爆投下に繋がっていきます。
もしもマリアナ沖海戦の時点で「もう戦争の継続は不可能だ!」と冷静な判断が出来ていれば、その後何十万もの命が失われなかったのだと思うと、本当に当時の戦争指導者達、あとそれを煽った朝日新聞をはじめとするマスコミには腸が煮えくり返る思いがします。
まともな脳みそがあったら、とても戦争なんて出来る状態じゃないってすぐに気が付き、終戦の方向に舵を切らなければならないわけです。ところが戦争に限らず日本の政治制度って妙に頑固なところがあって、間違いや失敗があってもそれをなかなか認めません。認めないから改善しないっていうアホみたいなことをやることがちょいちょいあって、太平洋戦争なんてその最たる出来事だと思います。
国体の維持とか何とかいいながら、結局は自分達のくだらないプライドから戦争を勝手に始めて、そのプライドの為にダラダラ戦争を続け、結果的に300万もの尊い人命が失われたのです。そしてそのくだらないプライドがこんな情けない兵器まで作り出しました。震洋はそんな軍人(当時のエリート官僚、即ちキャリア官僚)、マスコミ関係者(これまたエリート層)のクソみたいなプライドの象徴みたいな兵器です。
たぶん敵からの攻撃を想定してあったのでしょう。戦後約80年経つというのに今でもこの倉庫は現役バリバリです。観光で見に行くようなものではありませんが、負の遺産としてこれからも大事に保管して欲しいです。

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